漢字が伝わる前には日本には文字がなかった ← これはウソだ 

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古代日本には「文字がなかった」と言われているが・・・本当にそうなのか?

今回は「日本の文字の起源」についてのお話。一般常識においては古代の日本では固有の文字がなく、中国から伝わった漢字から、ひらがなや、カタカナが生まれたとされています。

 

 

日本は漢字が伝わるまでは、文字は持たなかった(笑)他にも探せば「日本無文字説」の根拠となる資料はあります。

しかし、それは本当でしょうか? 疑問に感じたことはありませんか? なにか隠された秘密というか、ストーリーがあるのはないでしょうか?

僕にはどうしても信じられないんですよね。

上に貼られたリンク記事を見ますと、漢字伝来は応神天皇の治世のことだと書かれています。

これは西暦でいうと何年のことだか分かりますか? 西暦270年から312年の間のことだと言うんですね。

キリスト生誕からおよそ300年後でも文字がなかった!?(笑) 中国では三国志の時代であり、ヨーロッパではローマ帝国建国からおよそ300年経過してる時期に、日本では掘立小屋に住み、文字すらなかった? (笑)

というわけで、しばらく資料をいろいろ見て回っていたんですよ。んで、この疑問・・・資料を見れば見るほど混乱してくるのですね(笑)

 

モヤモヤが残る日本の建国と文字文化

まあ、細かいことは置いておいて、とりあえず日本の文字文化に限って話を進めます。

本当に漢字が伝わる前には日本に文字がなかったのか? では、なかったとして、いったい、いつ文字は伝わったのか? 誰から教えてもらったのか?

なぜ、このような考え・・・つまり日本には漢字以前には文字がなかったというのが常識となったのか?

これらの疑問にはウィキが答えています。とは言っても、肯定派、否定派がいて、まとまった見解はありません (笑) 本当に分からない。研究は現在進行系で行われているんですけれども、正確なところは分かっていないんですよ。

 

神代文字 – Wikipedia

 

日本国の成り立ちも含めて、日本における文字の起源は、はっきりとは分かっていないのが現状です。なんかね、モヤモヤっとしてるんですね・・・日本の最初ってのは。(笑)

ただ定説では、「漢字以前に日本固有の文字はなかった」 とされてるわけで。僕には、これは信じられない・・・

僕はただただ「日本スゴイ!!」を言いたいわけではないんですよ。歴史ある日本がそんなはずじゃない・・と思いたいわけではない。事実どうであったか? ということを知りたいだけ。

というわけで、このテーマ、動画サイトをみると、ほんとにたくさんのコンテンツにあふれています。まあ、関心を持つ方もけっこういるんじゃないでしょうかね?

ここに書ききれない内容も考慮すると、僕には「漢字以前にも文字文化はあった」という説を支持したいです。あなたはどう考えますか?

 

べつにどうでも良くね?

そんなこと興味持ったってなんになるんだよ?

なんか良いことある?

 

まあ、そういう人もいるでしょう。(笑)

まず大前提として「日本では人類は発生していない」と考えてみよう

さて、さまざまな言説がある日本の漢字以前や、国の成り立ちですが、大前提として、「古代日本は移民の国」 だったと考えてみます。

すなわち、先祖が現地で(日本で)発生したわけではないのですから、いつかは分からないけれども、どこか他所の地域から移動してきたと考えなければなりません。

しかも渡ってきた種族がバラバラであり、その時期もいろいろだったと考えます。

そこで考えられるシナリオとしては、移動してきた人たちが種族別にこじんまりと集団生活をこの新天地である日本で送っていた。それが縄文遺跡にみられる集落跡です。

んで、考えてみなければならないことは、渡来時に彼らが文字文化をそれぞれ持ち込んでいたかもしれないということ。

仏教が日本に伝わるはるか以前に、なんらかの文字文化を持った集団が日本に住み着いていた可能性があるということです。

つまり、陸のシルクロードを東に移動してきたとすれば、当然ながら移動中にいろいろな文化に触れるわけですからね・・

途中で出会った文字についても学習、吸収していたかもしれない。んで、そういった知識も集団の中で共有しつつ、日本に移住してきた可能性があります。

だから、仮に漢字文化が中国で発生していたとして考えると、非常に古い時代の漢字というものが、仏教伝来以前に日本にすでに持ち込まれていて、読み書きできる人たちがいたということを示しています。

 

これはなにも漢字だけという話ではありません。海からの移民も含めると、漢字以外・・・メソポタミアとか、インド、南シナ海にあった文化圏など、いろんな言語、文字文化を持つ人たちが、自分たちの文字文化を保ったまま日本に移住していた可能性があります。

 

あるいは、定住後にみずから文字を創作したのかもしれませんし、逆に、まったく文字文化をルーツに持たない種族だっていたかもしれません。

このあたりはよく分からないけれども、いろんなルーツを持った民族、種族が勝手にバラバラに日本に住み着いて、それが権力闘争の末に一つの国家としてまとまった・・・

ま、以上が僕の考えるストーリーです。

ポイントとしては、日本のスタートは、多民族国家であり、もともと単一言語、単一文字ではなかったということ。

勢力の大小はあったけど、いろんなルーツを持つ民族の集団=国があり、それをまとめていったのが大和朝廷。このあたりの認識は現在の一般的教育内容とあまり差はない。

んで、文字の話に戻りますと、これはやはり神代文字に代表されるような文字が種族別にどうやら伝承されてたみたいですね。

伊勢神宮に神代文字で記された歴史的有名人のものが奉納されてるっていう話もありますからね。

謎。

 

 

んで、ちなみの話なんですが・・・日ュ同祖論とか聞いたことないですか? 日本の神社と秦氏の話とか。ユダヤの伝統と日本の神道は似てるっていう話。

あとね、ポリネシアの文化に見られる「入れ墨」ねw これは魏志倭人伝に出てくる話。

 

こういうのが日本民族の先祖としてやっぱりあるんじゃないかって話です。あ、あとは北方民族とかですね(アイヌとか)

というわけで、いつからとかは正確に確定はできないけれども、いろんな文化を持った民族がいわゆる「先史時代」に、それぞれの文化を持ち寄って出来上がったのが、この日本ではないかと。

その経緯において、漢字がメインとなる前段階において、この日本にも文字文化はあったんじゃないかという話でした。

分かりにくかったらスマンのですが (笑) ご理解いただけましでしょうかw おわり。

 

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