人は生まれ変わりを繰り返して霊的に成長していくんじゃないかと思う。
なんだか唐突に 生まれ変わり について考えていました。ある程度年齢も過ぎるとこれまでの人生や、これから先のことを考えてしまいます。
私の年齢や人生経験について詳しく書くようなことはしませんけれども、たとえば 「なぜ音楽をやるのか?」 という質問に自分自身で答えを出すとしたらどう答えるか?
「ただやりたいから」とか「面白いからやってるだけ」とか、そういう答えもあるだろうけど僕はもうちょっと違うふうに考えてみました。
健康な体でずーっと生きることができたらどれだけ幸せだろうか?
たとえば戦争を経験することもなく、平和な環境で、子だもたちや家族に恵まれ、そして経済的にも豊かな生活がずっと続くことを想像してみる。
人は生まれたからにはまた生まれたままの姿でこの世を去ります。不老不死は現実にかなうことはありませんけれども、少なくとも死を迎える時には 「よい人生だった」 と思えるんじゃないか。
病で悩まされることもなく、ごくごく自然に死を迎えることができるのが一つの理想として自分にあります。ここで死を目前にしても音楽を続けることの意味を重ねて考えてみます。
べつに音楽じゃなくてもいいんです。要は 「死を目前にしてもなおも建設的、前向きに人生と向き合うことができるかどうか?」 ということなんです。
死んだら終わりという考え方は刹那的であり未来に対してのヴィジョンがない。
趣味などというものは人生を豊かにするものであり、お金儲けとか、他人に自分の存在を認めさせるものではありません。現実にはそういう側面が強いのも事実としてありますけれども、本質的には 「好きなことだから熱中できる」 ということではないかと思うのです。
ギターをなぜ練習して弾くのか?
それは魂が不滅で自分自身は決して消滅などしないと確信しているからです。
自分の過去の行いを悔んだり、いわゆる功徳を積むという教えもみな 「魂の不滅」 という概念からきていると感じます。
人は生まれてすぐに自分自身がどこから来たのか忘れてしまいます。そして一からまた人生について考え成長していきます。同じことの繰り返しに思えますけど、やはり霊的には過去生を引きずりながら生きているんじゃないかと思えるのですよ。
だから死を目前にしても最善を尽くそうとする。投げやりになり自暴自棄になる人もいますけれども、それはそれで、「その人の今生における選択」 なんだと思います。
考えてもみてください。経済的に豊かになるためにみな努力して頑張ります。そして良い伴侶と結ばれて幸せな結婚生活を送り、そして子孫や資産を残す。この事実のみが人生だとしたらどんな考えを持つでしょうか?
このような人生を否定するわけではないです。しかし今生だけのいわゆる成功だけがあなたや私の人生のすべてではないと思うのです。
自分の人生は未来、来世にもつながっている。そう考えることで心に余裕が生まれ穏やかに毎日を前向きに過ごせるんじゃないかと思っています。
だからいくつになってもギターを練習し、弾き続けるんです。ゴールなどありません。そしてそれは私にとって人生の無駄使いではないのです。
これ聴きながら書きました。よかったら聴いてみてください。聴けば聴くほど深い曲だと感じます。
Kimiko Ishizaka さんのピアノです。曲を覚えるために繰り返し聴くのにはちょうどよいかなということで引っ張ってきました。同じパートを前半後半とも二回繰り返しているようです。
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