モデルニスモ Modernismo ってなに? 

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そもそも 「モデルニスモ ってなに?」 という話です(笑)

この記事では「モデルニスモ」について書いています。

舞台はスペイン、バルセロナ。ここに 奇妙な建物群があります。まずは実物を鑑賞してみましょう。

 

「スペイン非常事態宣言直前」カタルーニャ広場へ・バルセロナ早朝散歩(Plaça de Catalunya/Barcelona/Spain)

 

上の動画はシリーズみたいになっているもののひとつ。ひとつひとつの建物にフォーカスしているわけではないので、ちょっとイメージがつかみにくいかもしれませんね。

一般的にバルセロナの建築というとサグラダファミリアというやつが有名だと思われます。

 

ですが、どうもサグラダファミリアのイメージではモデルニスモという概念をイメージングしにくい。あくまでも僕の感覚でのことだけど。

というわけで僕が思うモデルニスモの代表的建築画像をひとつ。

 

 

上の写真にある建物は日本語で カサ ミラ というらしい。集合住宅・・まあアパートみたいなものらしいですね

さて、この建物みて、あなたはどう感じたでしょうか?

僕の感想は、「なんだかウネウネしているなぁ」です。じつはこの建物には直線部分はないらしい。

「えっ? うっそおー!?」

ってなると思うんですが(笑)どうでしょう? 外観も内部も曲線だけで構成されてるらしい。

僕は建築にはまったく知識がないので「そうなんだ」と言われれば「はあ、そうですか」としか言えないのだけれど、さすがに柱は垂直に立てられていると思う(笑)

※ いや、垂直ではない柱もあるという表現が適切かもしれません。

ま、建築の力学的な話については良く調べてみないと何も分からないわけで。ちょっと専門的にはなるけれど、別のアプローチで調べてみたいと思います。

ちょっと話が前後しますけれども、モデルニスモ というのは何も建築だけの話ではなくて、この時代のこの地域の芸術様式全般を表す言葉のようです。

んで、そのキーワードのひとつに「曲線、自然美」というのがあるわけでね。

一般的解説というのはウィキにあるのでそれを参考に。

 

 

モデルニスモの背景について考える

まあ、建築物の力学的構造については後々触れることにして、そもそもモデルニスモという発想、概念はどこから生まれたモノなのか?

ウェブでの知識を軽くまとめてみると時代的には19世紀後半から20世紀初頭にかけてのこと。

日本で言えば、幕末、明治維新を経て、大正時代といったあたりでしょうか。

 

んで、結論を書いちゃうと、モデルニスモというのはアールヌーヴォ―という芸術運動の局地的・・つまりバルセロナ周辺・・カタルーニャ地方での芸術様式ということになり、思想的にはアールヌーヴォーと大きく異なるわけじゃない。

 

まあ上の資料を読み込めば、だいたいのことは理解できるのですが、僕が思うポイントってのを抜き出してみます。

 

アール・ヌーヴォーの理論的先駆はヴィクトリア朝イギリスアーツ・アンド・クラフツ運動に求められる。ウィリアム・モリスジョン・ラスキンらは、工業化の進行とそれによる創造性の枯渇を厭い、社会の再生は、人々の周りにあり人々が使うもののフォルムの真正性によってしか成されないのであるとして、中世ギルドの精神、自然界のモチーフの研究、洗練されたフォルムへの回帰を強く勧めた。

さらっと読める文章ですが、なかなかに分かりにくい(笑)

ちょっと僕なりに補足すると、「産業革命によって安価で粗悪な商品があふれるようになった」ということに対しての反発っていうことだね。

要するに創造性のないモノは人間らしくないってことだと思う。そういうライフスタイルはイヤだってことだな。

 

 

効率重視で安くいろんなものが手に入るようになったけど、もっと芸術性や創造性がないと人間は貧しくなる・・・ということを伝えたかったのではないか?

つづく

さて、モデルニスモ の源流をたどってみると、そこには「産業革命」があったということが分かりましたね。

年代で言うと1760年から1830年までのおよそ70年間に渡り、イギリスにおいて「漸進的」に生活が変化していきました。

日本では江戸時代で鎖国をしてはいましたけど、おそらくイギリスを中心とした産業革命進行中の欧州の情報やモノなどは当時の日本でも知られていたと思います。(知る人は限られてはいたはずだけど)

明治や大正時代の建築物とモデルニスモ

僕は建築史についてはまったく知識がないし、本も読んだことはないのですが、いわゆる戦前の日本の建築物って、なんか雰囲気良くないですかね?

直接的にモデルニスモと関連があるようには思えませんけど、なんか独特の雰囲気っていうのがあるように感じる。

建設された年代的には確実にアールヌーヴォーと被っており、当時の日本政府がヨーロッパなどの列強国を強く意識していたことを考えると少なからず影響を受けていたのではないか?

僕らは「戦前」と聞くと、とんでもなく貧乏くさいイメージを持ちがちだけど、じつは全然そんなことはなく、もっと華やかだったんじゃなかろうかと思います。

東京駅、朝鮮総督府、などなど明治、大正ってのは重厚でなおかつ装飾性の高い建物が多かったんじゃないでしょうか。

現代に見られる「シュツ」としたビルもカッコ良さはあるんだけど、僕は 明治、大正時代の建築デザインが好きだなぁ。

追記 モデルニスモ に関する重要な視点・・それは「自然界にみられるモチーフ」

さて、以上、簡単ではありますがモデルニスモと、その背景にある歴史について概観してみました。ここで、僕なりの考え、視点ではありますけれども、重要だと思える事柄について少し意見を書いてみたい。

モデルニスモに関するウィキ情報を整理する過程においていくつか「キー」となるワードがあります。それは「自然界に見られるモチーフ」「曲線」「自然美」です。

まあ、「自然」を観察するとそこには一見ランダムに見えるけれども「一定の法則」というのがあって、無秩序にみえるけれども、じつはそうじゃないというねw

んで、この法則はなんだ? っていうと・・・

フィボナッチ数列

というものです。

このフィボナッチ数列を数の対比として見ていくと、それはいわゆる黄金比という無限に続く数値に「限りなく」近づいていきます。

言い換えるならば、自然界に見られる「数の法則」というのは、「なぜか割り切れない」 モノになる (笑) ※ 無理数ね

人工的=スパッと割り切れる(計算できる)

自然界=なぜか割り切れなくて、近似計算しかできない

というような二項対立概念として捉えることができます。

つまり、デザイン というものには ヒトがそれを使う主体である以上「自然との調和」という概念があるべきだという思想ですね、そういう発想からモデルニスモは生まれた。

どうしてガウディはあのような建物を発想したか? どうしてグネグネした集合住宅を創ろうと思ったのか?

設計図もなしに、どうして安定した構造物を描くことができたか?

それらはすべて「自然界」から答えが得られます。そしてそれは建築物のみならず、音楽にも顕著に影響を与えているのです。

黄金比という数値は建築や音楽分野のみならず、おそらくすべての分野において影響を及ぼすものだろうと僕は考えています。これは普遍的原理原則なのですよ。

 

 

注、 黄金比については否定的意見もあります。なので最終的判断は「アナタにある」ということを忘れないでいただきたいw

 

 

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