「イチボを買ったのに、思ったより固い」。そんな経験はありませんか。
イチボといえば希少部位で、柔らかく、焼肉などに向いている。だいたいそんなイメージを持たれていると思います。ところが実際に食べてみると、「あれ? イチボってこんなに固かったっけ?」となることがある。
僕は単純に肉が好きで、肉の塊や切った断面を眺めるのも好きです。サシの入り方や脂肪の流れを見て、「この肉はどちらへ繊維が走っているんだろう」と考えるのも面白い。
ポイント
イチボは、ブロック全体が均一に柔らかい肉ではありません。外モモに近い部分は肉質が変わり、さらに繊維の方向を無視して切れば、同じイチボでもかなり固く感じます。
今回は「イチボなのに固いのはなぜなのか」を、実際の肉の写真を見ながら考えてみます。

イチボって、どこを食べても柔らかい肉だと思ってたけど。

そこが最初の落とし穴かもしれません。「イチボ」という商品名と、肉の中身を分けて考えてみましょう。
イチボが固い原因は主に3つある
僕が考える「イチボが固い原因」は、大きく三つあります。一つ目は外モモとの境界に近い部分を食べていること。二つ目は肉の繊維に対して切る方向が合っていないこと。そして三つ目は、筋や余分な脂肪の処理が十分ではないことです。
特に重要なのは最初の二つでしょう。「イチボ」という名前だけを見て、ブロックのどこを切っても同じ肉質だと思うと話がおかしくなります。
肉は工業製品ではありません。同じ名前の部位でも、塊の端から端まで全く同じ状態ではない。筋肉のつながり方もありますし、繊維の太さや脂肪の入り方も少しずつ変わっています。
イチボは最初から小さな肉の塊ではない
スーパーなどでは「イチボ」という完成された商品名で肉を見ます。しかし当然ですが、牛の体の中に「ここからここまでがイチボです」という赤い線が引いてあるわけではありません。

牛の体には多くの筋肉があり、それぞれが隣接し、ときには連続しています。イチボはランプと近い場所にあり、ランプとイチボがつながった大きな塊を「ラムイチ」「ランイチ」などと呼ぶことがあります。
さらに周囲には外モモなど別の部位があります。筋できれいに割れる場所もありますが、筋肉そのものがつながっていて、どこかで切り分けなければならない場所もある。
ポイント
人間が商品として分けた「部位」と、実際の筋肉のつながりは、いつも完全に同じ形で区切られているわけではありません。
だから僕は、部位名だけで「これは柔らかい」「これは固い」と決めるのは少し乱暴だと思っています。同じイチボでも、どの位置なのかを見た方が分かりやすい。

プラモデルのパーツみたいに、境目からポロッと外れるものじゃないのか。

明確に分かれる場所もあります。しかし肉は生き物の筋肉です。人間が後から付けた分類表ほど単純ではないのでしょう。
イチボの一部は外モモのナカニクにつながっている
ここがこの記事で一番伝えたいところです。イチボの一部は、外モモの「ナカニク」と呼ばれる部分につながっています。
筋できれいに「ここからイチボ、ここから外モモ」と割れているわけではなく、筋肉そのものがつながっている部分がある。つまりイチボとして切り分けられた肉の中にも、外モモに近い肉質を持った部分が残ります。
外モモは、モモ肉の中でも比較的繊維が荒く、固さを感じやすい部位です。イチボとして売られている肉であっても、外モモとの境界付近まで突然すべてが柔らかい肉に変身するわけではありません。
イチボの外モモ寄りの部分は、一般に想像される「柔らかいイチボ」とは少し肉質が違う。僕はこれが「イチボを食べたけど固かった」と感じる大きな原因の一つではないかと思っています。

上の写真はイチボ全体を真上から見たものです。写真だけでは分かりにくいと思うので、もう少し位置関係を見てみます。

赤線で区切った左上の肉厚のある部分が、外モモとの境界に近いところです。この肉厚のある部分を正面から見ると、次のようになります。
ここで一つ注意があります。次の写真では左右が逆に見えますが、これは牛の右半分と左半分の違いです。同じ部位でも、左右の半身では位置関係が鏡のように逆になります。

上の写真の切断面を見てください。右側と左側で、白く見える脂肪、いわゆるサシの入り方が違うのが分かるでしょうか。
一方は脂肪が線状に流れています。そこから反対側へ行くにつれて、次第に細かなマーブリング状へ変化している。上の写真では、向かって右側がナカニクにつながる側です。
僕はこういう断面を見るのが好きなんですよね。「イチボ」という同じ名前の肉なのに、一つの塊の中で表情が変わっていく。名前だけ見ていたら気がつかない部分です。
脂肪の流れを見ると繊維の方向も想像できる
肉を切るときに重要なのが繊維の方向です。基本的には、長く伸びている繊維を短く断ち切る方向へ包丁を入れた方が食べやすくなります。
逆に繊維と同じ方向へ長く切ってしまうと、口の中でも長い繊維を噛み切らなければならない。結果として同じ肉でも「固い」と感じやすくなります。
ポイント
柔らかく食べたいなら、肉の繊維を長いまま残さない。繊維を断ち切る方向へ切るのが基本です。
先ほどの断面写真には、脂肪が線状に流れている部分があります。もちろん、脂肪の線だけを見れば繊維方向のすべてが分かる、という単純な話ではありません。
しかし肉の流れを考える一つの手掛かりにはなります。実際に塊を手に取れるなら、断面だけでなく表面の筋や肉の形も一緒に見ると、流れがより想像しやすい。
イチボは、塊の端から同じ方向へ機械的に切り続ければいい肉ではないと思います。場所によって肉の流れが変わるなら、包丁を入れる方向も考えた方がいい。

同じ肉なのに、切る方向だけでそんなに変わるものなのか?

特に繊維の荒い部分ほど、切る方向や厚さの違いが食感に出やすいでしょう。部位名より、目の前の肉を見ることです。
僕なら外モモ側を少し切り分ける
では、僕なら先ほどの写真にあるイチボをどう切るか。線状に脂肪が流れている外モモ側の部分を、縦に少し切り分けます。
残った細かなマーブリングが見える部分は、その肉質を生かす切り方を考える。そして切り分けた外モモ寄りの部分は、繊維の方向を確認して、それを断つように薄くスライスします。
外モモ寄りだから捨てる、という話ではありません。固さを感じやすい部分なら、それに合った切り方をすればいい。薄く切ることで食べやすくなりますし、切断面のサシもきれいに見えるはずです。
ポイント
固い部分だからダメなのではありません。肉質に合わせて、切る方向、厚さ、使い方を変える。それだけで同じ肉の印象はかなり変わります。
部位名だけで肉を評価するより、僕はこちらの考え方の方が好きです。「これはイチボだからこう切る」ではなく、「この部分はこういう肉質だから、こう切った方がうまそうだ」と考える。
肉好きとしては、その方が単純に面白いんですよ。
イチボで僕が好きなのは真ん中から先端側
同じイチボの塊でも、僕が個人的に好きなのは、肉厚のある外モモとの境界付近より、真ん中から次第に細くなっていく先端側です。
繊維も比較的細く、僕の中にある「イチボらしい柔らかさ」に近い。サシの入り方も、線状に流れる状態から細かなマーブリングへ変化していきます。
もちろん牛の個体や肉質によって違いはあります。それでも、「イチボだから全部柔らかい」という考え方より、同じ塊の中にも肉質の変化があると考えた方が、実際の肉を理解しやすいと思います。
高級部位、希少部位という名前を見て安心するのではなく、断面を見る。肉厚を見る。脂肪の入り方を見る。肉は意外にいろいろなことを見せてくれます。
表面の分厚い脂肪と筋も食感を悪くする
もう一つ、イチボの食感を考える上で無視できないのが表面の脂肪と筋です。イチボには表面や裏側にかなり厚い脂肪が付いていることがあります。
分厚い脂肪をそのまま残した状態では、さすがに食べにくい。脂身が大好きという人もいるでしょうが、それでも限度があります。
さらに脂肪を除いていくと、その下に筋が広い面で張り付いていることがあります。この筋が意外に固い。柔らかさを重視する部分なら、僕ならきれいに取ります。
余分な脂肪や筋をしっかり取り除くことを「グリムキ」と呼ぶことがあります。グリグリに剥いちゃうからグリムキなのか。本当の語源は知りませんが、僕は昔から勝手にそう解釈しています(笑)。
ただし、脂肪や筋を取れば取るほど、残る肉の重量は減ります。いわゆる歩留まりが悪くなる。
高い肉ならなおさら、「この脂肪まで取ってしまうのはもったいない」と考えたくなる気持ちは分かります。でも食べる側からすれば、高い肉を買ったのに厚い脂肪や固い筋が大量に残っていたら、やっぱり残念です。
ポイント
イチボの固さを考えるときは、肉そのものの繊維だけでなく、表面や裏側に固い筋が残っていないかも確認した方がいいです。
「イチボなのに固い」と感じたとき、切り方ばかり疑う必要はありません。実際には口に入れた部分に筋が残っていた、という可能性もあります。
切り方が合っていても焼き方で固くなる
ここまでは肉質と切り方の話をしてきました。しかし、切り方が合っていても加熱の仕方によって食感は変わります。
繊維を断つように切っている。筋もきちんと取れている。それでも固い。そんな場合は、火の入り方も一度考えた方がいいでしょう。
牛肉への熱の入り方と、たんぱく質の変化については、こちらの記事で詳しく書いています。
牛肉の焼き方について 熱の入れ方によってたんぱく質はどう変化するのか?
ただ、柔らかさを優先するあまり、生や極端な加熱不足で食べればいいという話でもありません。販売されている牛肉と生食の考え方については、こちらの記事にまとめています。
牛肉は「加熱調理」を前提として売っている ← これは本当のことです。生食用牛肉が欲しいなら許可を取ったお店で買いましょう
「イチボだから柔らかい」と名前だけで判断しない
肉の部位名は便利です。「サーロイン」「ヒレ」「ランプ」「イチボ」と聞けば、だいたいどのような肉なのか想像できます。
でも、名前はあくまで肉を分類するためのものです。同じ塊の中にある肉質の変化まで、部位名一つですべて説明できるわけではありません。
今回のイチボなら、外モモ側とのつながりを見る。断面の脂肪の流れを見る。繊維の方向を考える。表面や裏側に筋が残っていないかを見る。
そうやって肉そのものを観察すると、「なぜこの部分は固く感じるのか」という理由が少しずつ見えてきます。

つまり「イチボを買えば必ず柔らかい」じゃないんだな。

そういうことです。名前は入口にすぎません。最後は目の前にある肉を見た方が、多くのことが分かるのでしょう。
まとめ イチボが固いなら部位と繊維を見る
イチボなのに固かった。だからといって、その肉が偽物だったとか、品質が最低だったとすぐに決めつける必要はありません。
イチボは塊の場所によって肉質が少しずつ違います。特に外モモのナカニクにつながる境界付近は、繊維が荒く、イチボの中では固さを感じやすい部分です。
さらに繊維の方向を無視して切れば固さは強く感じますし、表面や裏側の筋が残っていても食感は悪くなる。場合によっては加熱の仕方も影響します。
この記事の結論
「イチボ」という名前だけを見ない。肉の場所、繊維の方向、筋の状態を見て、切り方と使い方を変える。それがイチボを柔らかく、おいしく食べる一番のポイントだと思います。
外モモ側なのか。繊維はどちらへ流れているのか。筋は残っていないか。そして、どの厚さで切るのか。
僕なら、真ん中から先端側の肉質の良さそうな部分と、外モモ寄りの部分では切り方を変えます。外モモ寄りなら繊維を見て薄く切る。柔らかい部分なら、その肉質を生かす。
肉質の違いを見て使い分ける。
結局、それが肉をうまく食べる一番単純な方法だと思います。



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