あるギタリストについて やっぱり権威主義はクソなんだ ギターなんて自分が弾きたいように弾けばいいんだよ

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誰かに認められなきゃ存在価値がない? いや、そんなことはないんだよ ギターで自分を表現できればいいだけのことなんだよ ギターの弾き方なんてのは自分で探すものなんだ

さて、この記事ではギターに関する僕の個人的な考え方を書いています。きっかけは 津本幸司さん という方の逮捕ですね。詳しくは以下を参照。

あのー、実は僕は彼を逮捕前から知っていました。とはいってもリアル世界ではなくって、あくまでウェブ上のことですけど。

何回か彼のブログ記事も読みましたし、動画で実際の演奏も観ていました。特段、おかしな雰囲気もありませんでしたし、実際の演奏も変なところはなく、上手いんですけど、あえて悪く言えば「セオリー通りで面白くない」というのが僕の率直な感想です。

まあ、「なんでネクタイ締めて演奏してるんだろ?」という違和感はありましたけどね (笑) そういうカチッとした服装が好きなのかな? という印象。

ギタリストの自己紹介にはよくあることなんですけど、バークリー音大卒とかですね、東京芸大卒とかね。。そういうのはちょっと鼻につくといいますか、要は自分に箔をつける意味でね、書いたりすることはよくあることなので、それほど気にはしていません。

人に自慢できそうなキャリアがあれば誰でもそういう風に自己アピールするでしょう。問題はそこではなくて、キャリアをアピールできなきゃ自分の演奏技術、感性などをアピールできないと考える「その考え自体」がいやらしいのですね。

今回、彼が起こした事件についてはここでは書きません。ここで書きたいのは・・・

音楽・・つまりは楽器の弾き方とか、音楽に対する理解の仕方なんてのは、「他人から学び教えられるものではない」「ましてやティチャーとなるべき人の学歴、経歴なんかに惑わされるものではない」ということです。

僕の伝えたいことが理解できるでしょうか?

つまり、音楽は権威でもって優劣をつけるものではなく、あくまで個人的感性で理解して楽しめればいい ということです。

「ギターの弾き方が分からないから先生に習おう」← かつては僕もそう考えたことがある 有名なジャズスクールで習えば僕もそのレベルになれるだろうか? いや、それはナイです はっきりいってそれは個人の資質によります。

僕もかつては有名な某ジャズスクールでギター専科コースに通っていました。んで、得るモノは確かにあるんですよ。自分では気が付かなかった視点といいますか、考え方なんかでね、得るモノは大きかったと思っています。

でもですね、音楽に関する感性だけは学習して得られるものじゃあないんですよ。これ、分かりますかね?

一般的な音楽理論・・・これは俗にバークリーシステムと呼ばれるんですが、そういう知識だけを吸収しても、音楽的感性ってのはホントに個人の感性、センスに委ねられてるんですよ。

有名な音楽大学を卒業しているからってだけで、その人の音楽性の価値が高いってわけじゃあないんです。

僕が「ジャズスクールに行こう、んで、そこで学ぶんだ」 と決めた理由は・・・「自分の演奏に自信がなかった」っていうのが一番の理由です。

耳コピだけでずーっとやってきて、運指についても自己流・・ほんとに正しい弾き方ってなんだ? ってけっこう悩んだりしてたんですよね。あとですね、先生に認められれば自信にもなる・・みたいなね (笑) ← 今、思えばずいぶんアホだったなぁ・・音楽なんて自分が納得いくように表現できればいいだけであってね、人に認めてもらって初めて価値があるっていうものじゃないですよ。

まあ、これは考え方の違いだけかもしれませんが。商業主義的感覚から言えば「売れてナンボ」「偉い先生に認めてもらってナンボ」というミュージシャン、アーティストも多いでしょうね。

僕は 「そんなもんクソだ!!」 と思っていますが。

話をギターに戻しますと・・・

ギターっていうのは同音異弦ポジションがたくさんあります。んで、同じフレーズでもたくさんのフィンガリングとピッキングができちゃうんですよ。コード弾きにしてもたくさんの弾き方がありますしね。

はっきりいって どれも正解、間違いなんてない。細かく言うとそれぞれの押さえ方に微妙なニュアンスの違いはあるのですけれどね。

んで、どれを選ぶか? ってのはもう雰囲気で選ぶしかないのですよ。太い弦で弾いたときの「張りのある音」がいいのか、あるいは「細い弦でのきらびやかさ」がいいのか? ってな具合でね。

はたまたチョーキングがいいのか、スライドが良いのか、ハンマリングオンか、プリングオフがいいのか? (笑)

こういうのは自分の音楽的感性でしか判断できないものであり、誰かから教えてもらうようなことじゃあないです。自分の耳でフィーリングを感じ取ることでしか会得できないものなんだと思います。

俗にね、「レコードが擦り切れるぐらい聴き込む」というように、本当に何度も何度も聴き込んで、タイム感覚やフレーズ全体の雰囲気を脳内再生できるぐらいにアタマに刻み込むんです。んで、それと自分が弾いている音が完全にシンクロするように何度も練習するわけです。

こういうのは、ちょっとスケールを弾いたり、理論的側面を勉強するぐらいでは身に付かないんです。上手い人ってのは本当に長い時間をかけて練習しているはずです。文字通り「フレットが擦り切れるぐらい」にね (笑)

というわけで結論

ギターの弾き方には正解はナイ。自分の感性ですべてを判断しろ! 音楽に関する学歴や音楽キャリアなんかで音楽に優劣をつけるな! 有名な音楽学校出身だからっていっても優秀なミュージシャン、アーティストとは限らない。

 


 

ギターってね、本当にプレイヤーによってサウンドが違うんですよ。モロに個性が出ます。たとえハード面での音を似せていても。というか同じ機材を同じセッティングにしても弾く人によって違いが出てきます。

有名な楽曲の完全コピー動画ってのをたくさん観れば気が付くと思うのですが、(同じ楽曲のコピー動画をたくさん観るという意味)

もうね、みんなフィンガリングが違う (笑) ビブラートの掛け方もマチマチ。選んでいるポジションも違うし、もちろん何番のストリングを選んでいるか? っていうのも違う。あ、あとピッキングもみんな違うし。

ノートへの入り方もチョークから入ったり、スライドから入ったりでバラバラ。

でも、それはそれで良いと思うんです。それがプレイヤーの感性であり、個性となっていくんじゃないかと思うわけでね。

楽曲のコピーなんて完全に「ソックリさん」になる必要はないです。そういうコンテストでの優勝が目的じゃないのなら、なんでみんなコピーなんてやるのか?

それは 「エッセンスを体得するため」 じゃないかと思うんです 僕はねそう思う。「あの感覚が・・好き」 という動機から「あんなふうに弾きたい」と思ってコピーするわけね。

おそらく「これを弾ければ上手いねって言われるはず」などと思ってコピーに励む人はいない。少なくとも僕はいま書いたような動機でコピーしたいと思ったことはないです。

津本さんも最初は「純粋な音楽に対する感動」からギターを手にしたのではないでしょうか? 決して有名になりたいとか、あるいは「これで金を稼いでやるぜ」などという動機から音楽を始めたわけじゃないと思います。

しかし残念ながら「何が一番大切なのか?」を見誤ってしまわれたようです。自分を認めさせたい気持ちばっかりでギターを弾き続けることは「つらいこと」なんですよ。僕自身もそういう時期があったからよく分かるんです。

まあ、考え方はそれぞれですから僕の考えを押し付けることはしませんが、いまの僕は「純粋に音楽を楽しみたい」ですね。どんなジャンル、どんな演奏形態であれ、それが好きならそれをやればいい。

ということで、いろいろ考えさせる事件でした (笑)

あ、終わりに余談なんですけど・・・

ジャズスクールでのひとつの思い出でね、先生が宿題を出すんですよ。次の講義までに以下の楽曲の16小節をアドリブで弾いてもらうからなんかアイデアをつくってこい! なんなら楽譜に落として作曲してきてもいい というような。

んで、発表当日、講師の前でカラオケに合わせて順番に演奏していくわけです。んで自分の番でね、まあ、考えたヤツを淡々と演奏、んで終了・・・

と、ここで拍手をしてある人物(クラスメートだけど)が握手を求めてきたんですよ。

「は? なに? ・・どうしたん?」

「感動した―! 良かったよー」

「ええ、どうも」

ってな感じでねw 先生は黙って見ていましたが・・まあ、彼は僕を評価してくれて認めてくれたわけです。いささか自慢こいた昔話にはなってしまいましたが、ここで伝えたいことは、音楽仲間・・特にギタリストってね、最初はみんな敵に見えるもんだけど (笑) 音楽キャリアなんてアピールしなくても良いと感じたものは聴く耳さえあれば認めてくれるものだということですね。

ミュージシャンなんてね、余計なことゴチャゴチャ言わなくても一緒にやってみりゃ分かるもんなんです (笑) どこぞの誰かと知り合いだとか、某学校の出身だとか・・あいつと一緒にやってたんだとか・・

そんなもの本人の音楽性と関係ないですわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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