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貨幣のはなし。おもしろいテーマです。

   

譲渡可能な債務を表すものはすべて「通貨」である

 

さて、あんまり好きじゃないけど、 ”はてな” で人気がある記事があったから読んでみました。

 

大昔、物々交換などなかった - シェイブテイル日記大昔、物々交換などなかった – シェイブテイル日記

少々読みにくいページだけどおもしろいですね。

僕が子供の頃抱いた疑問。それは・・・

「お金ってなに?」 というもの。なんでアレに価値があるのか?

まったく素朴な疑問です。

まあ、いろんなサービスやモノと交換できるシンボルみたいなもんだろ・・

というのが子供の頃の認識でした。

今思い返せば、だいたい合ってるわけで、お金そのものは単なる紙、あるいは合金、そして金属でしかありませんよね。

それが 「どうして?」 って話です。

世界の経済史、あるいは貨幣史 について明るくはありませんが、思いつくまま記事を書いてみます。

大昔には物々交換などなかったよ・・

”昔は貨幣経済がなくって、みんな物々交換をしていた”

ふつうには、そういう概念を教え込まれる。というか学校でも習います。

ここでの価値、値打ちは相対的であり、絶対的価値はありません。

相対取引ですね。相手が 「うん、このぐらいでいい」 といえばそれで取引終了。

「いや、まだだ」 といえば少しづつ積み増して、どこかで妥協するか交渉決裂となる。

あるいは他の人のやり取りの話を聞いて、「あれと同じぐらいの量で・・」 というような暗黙のルール?にしたがって取引したのかもしれません。

まあ、”相場” みたいなもんですね。

本当にそんな面倒な取引をしていたのか?

記事では ”そんなものはなかった” という結論です。

人類学者のデビッド・グレーバー 2011年

そうしたことが起きたという証拠は一つもなく、そうしたことが起きなかったことを示唆する証拠は山ほどある。」

では、どんな取引があったのでしょうか?

信用取引という概念

元記事によれば、それは信用取引だという。とりあえずはヤップ島に限っての話ですが。

これは本当なのか?いや、本当らしいです。

そして使われたのが ”切り出された円形の石” です。石はただのシンボルであり、代用貨幣といわれるものです。

じつは ”ただのシンボル” というには ”この石を代用貨幣とするにはけっこうな労力がかけられている” ので、その意味からいえば ”ただのシンボル” ではないかもしれません。

実際の取引は石を移動させて行うのではなく、石をどれくらい所有しているか?という情報にもとづき相殺、そして繰り越されて決済されます。

どうやって記録されてるのか? は定かではありませんが、おそらく当事者同士の承認とその記憶だけではなかろうかと思います。

 ヤップ島 スペイン領だったらしいですね。

いったいどこか?

ヤップ島

 

うわー、こんなとこ?! 意外に日本のちかくですねー!

ヤップ島で使われていた 石貨 と呼ばれるものの説明は以下。

 

石貨 (ヤップ島) - Wikipedia石貨 (ヤップ島) – Wikipedia

元記事にはない記述もあり興味深いです。

興味深い点は以下の部分。

ヤップ人はカヌーの船団を組んでパラオに航海し、パラオ人との交渉を通じて石を採掘する許可を得た。石斧などで何か月もかけて石貨を切り出し、いかだに乗せて持ち帰った。これらの航海には危険が伴い、多くの者が亡くなった。その苦労度が高い石貨ほど値うちがあるものとされる。

19世紀後半(1870年代)より、欧米人がこれに目を付け、ヤップ人に代わって石貨製造に関わるようになった。中でもアイルランド系アメリカ人のデービッド・ディーン・オキーフは、1872年から1901年まで、最新式の機材をパラオに持ち込んで石貨を製造、それをヤップ島に持って行き、コプラと交換して莫大な財を成したという。オキーフ作の石貨は数千個あるといわれ、あまり「苦労」することなく製造されたことから、値打ちは従来のものよりも下がるとされている。 ヤップ島での石貨は、最終的には、1931年まで造られた。

このウィキにある貨幣の価値観。

これはどうなんでしょう? そっくりそのまま鵜呑みにできるでしょうか?

当時のヤップ島の人々は本気でそのように考えていたんでしょうか?

んー・・どうもよく分からないですね。。

まず動機が分かりません。

なぜ命を落す危険を冒してまで ”くっそ重たい石” をパラオまで取りに行く必要があったんでしょうか?

それを貨幣に選んだ理由とか、あと相場をどうやって決めたのか?とか・・

いろいろ知りたい、確認したいことはありますが、ほぼ口頭による承認で取引が行われていたことは確かのようです。

閉ざされた世界だったからこそ実現したのか?

ここからは僕の憶測。

ヤップ島は ”隔絶された島” ですので為替みたいな取引はなかったことでしょう。

したがって ”石貨” の概念が島に住む住民に共有されていれば、それらは譲渡可能な取引であったと考えられます。

取引の当事者同士だけではなく、島に住む、ほかの誰とでも信用を貸し借りすることができたはずです。

そして、その貸し借りは ”石貨” の増減を記録、承認することで行われました。たぶん。

ちょっと待て・・

パラオの石切に関してはどのように取引をしたんでしょうか?

おそらく頻繁に行き来はあったと思われますが、同じ概念を共有して取引が行われていたのか疑問に思います。

元記事では ”交渉した” としか書かれていません。

簡単だけど結論へ

古い考えはこうです。

マネーシステムが機能するには通貨が不可欠であり、商品貨幣は「交換の手段」として機能した

新しい?お金の考え

通貨の根底にある信用と清算のメカニズムこそが、マネーの本質

お金の基本要素は三つある

  1. 抽象的な価値単位を提供すること
  2. 取引から発生する個人や組織の債権あるいは債務の残高を記録する仕組み
  3. 譲渡性 原債権者は債務者の債務を第三者に譲り渡して、別の債務の決済にあてることができる

貨幣の最も重要な機能は、言うまでもなく、債務の価値を測定して記録することであり、ある人から別の人への移転を円滑にすることである。

そして、この目的でどのような手段が選ばれたとしでも、たとえ金であれ、銀であれ、紙であれ、それ以外の何であっても、それは通貨である。

したがって、「通貨」と「譲渡可能な債務」は同義語だということが基本的な概念であると言える。つまり、あらゆる種類の譲渡可能な債務を表すものはすべて「通貨」であり、「通貨」となる素材は、たとえそれがどのようなものであっても、すべて「譲渡可能な債務」を表し、それ以外の何物でもない

すべて元記事からの引用です。

重要な事、それは・・

貨幣、通貨となるものは 貴金属とか宝石 などといった素材の希少価値、利用価値にあるのではないということ。

単位があって、記録手段があって、譲渡することが可能なら、なんでも通貨になる。

なかなか理解しにくい概念かもしれません。

もうすでにゴールドとか希少資源の価値・・それがいくらぐらいか? というようなことについては刷り込まれているので。

他にもいろいろ疑問点はありますが、また別記事として考えてみたいと思います。

 

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