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音楽の本質と普遍性について 1

   

バッハのG線上のアリアってどう思う?

僕の好きな曲に G線上のアリア があります。有名な曲です。おそらくほとんどの方が良い曲だと言うはず。

これはなぜなんでしょうか?理由を考えたことがあるでしょうか?僕は今まで考えたことはなかったです。なぜそんなことを考えていたのか?

それは 音楽の本質というか普遍性・・つまり ”絶対的な価値” っていうのを考えていたから。普通はこういうことを言い出すと必ずひとつの考え方がでてきます。それは・・・

「感じ方はひとそれぞれだから別にいいんじゃないの?」

というやつですね。

これは 相対的価値 です。つまり、あるひとには心地よいんだけど、

「オレはどうも好きじゃないなあ・・」 「気持ちよくないなあ・・」

みたいなやつです。

それでひとつの結論として音楽の優劣を語る場合に ”好き嫌い” という尺度を持ち出すわけです。

いかに音楽的に優れていようとも、理論的にがっちり固められようとも好きじゃないものの価値は認めない。逆にハチャメチャな音楽でも感じるものは感じるんだよ~っていう態度です。

僕は正直言ってこの問題についてどう答えを出せばいいのか分からない。はたして音楽の普遍性、本質的な良さを計る基準など存在するんだろうか?ってね。

量的尺度でもって美的なものを測ること

優劣というか、優れた音楽ですね・・そういうのを測る手段としてはやっぱり人気がひとつの尺度にはなるかと思います。

しかしこれは その時代における空気感みたいなもので、その時代にはウケたけど、何十年、あるいは数百年にわたって評価され続けるものなのか?というとそうでもないような気がします。

やっぱり何か聴く人の感性に訴える本質的な要素が隠されているような気がします。その要素とは何か?

数学的ヒントから答えを得る

音楽の美的感覚を表現するのに 数学を用いる というアイデアがあります。私が知る限り それは古代ギリシャ ピタゴラス にさかのぼります。

音楽の美は 音の調和 で表現される。つまり協和音です。音の周波数の対比が整数比に近づくほど美しく響く。ここでは聴く人の感性は問題ではありません。あくまで科学的に考えた場合に より協和度が増す ということです。現実には心地よい感覚と音の整数比は完全に一致しています。一番単純な例は ドミソ ですね。

しかし音楽は協和音だけで構成されているものではないことは だれでも直感的に理解しています。時間経過が重要なファクターである音楽においては ドラマ ストーリー がなければ飽きてしまいます。

その起伏をつくるのが より強い緊張感をともなう音です。完全な不協和音も含む より緊張を生む音 ハーモニー。これを効果的に使うことによって ドラマティックな展開を作り出すことができる。

以上述べたことは 広義の音楽理論の文脈でいうと イオニアンスケール つまり ドレミファのこと の中だけで起きていることです。ヨーロッパの長い歴史の中で受け継がれ、そして変化してきたモードのひとつであり それが発展して現在の一般的な音楽理論になっています。

ものすごく大雑把な記述ですが、現代の音楽理論は1オクターブを12分割した平均律でつくられた音楽理論体系であり、それが当然のこととして受け入れられ、そこから外れたことは間違いとして認識されているのが現状だと思っています。

つまり音楽の美は理論で解明されているということですね。ここでひとつの疑問が沸き起こります。

「はたして数学的に見てきっちり構成された音楽だけが音楽の本質や普遍性を表しているのだろうか?」

という疑問。

次はヨーロッパを源流とする現代の音楽理論に対比させるものとして民族音楽を取り上げてみます。

 

 

 

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